30年戦争(宗教戦争) 1618-1648
ドイツを舞台に行われた国際戦争。発端は旧教側と新教側の宗教戦争だったが、結果は列国の領土争奪戦になる。
17世紀はじめより旧教諸侯はリガ、新教諸侯はウニオンを結成して対立したが、1618年ボヘミア王フリードリッヒの旧教的圧制に対して新教徒が反抗したのを契機に戦乱が起こった。翌年皇帝となったフリードリッヒ2世は、ボヘミア王を廃位されたが、リガとスペインの支持を得て1620年に反乱を治めた。1625年にデンマーク王が新教諸侯の援助を受けて侵入したが、ヴァレンシュタイン・ティリー将軍の活躍で皇帝側の勝利に終わった。1630年にはスウェーデン王、グスタフ・アドルフがフランスと同盟を組み、侵入して来る。スウェーデン軍は勝利したが、王はリュッツェンの戦いで戦死した。最後にフランスがスウェーデンと共に侵入したが、新旧両派とも戦乱に疲れはて、平和を望むに至り、ウェストファリア条約により1648年に終わった。
ドイツ人にもはや何の関係もないことでドイツ全土が戦場となり、町も村も大部分が荒廃し、当時約1600万人だったと推定されているドイツの人口は約600万人に減った。約1000万人という考えられないほど多くの人たちが殺されたり、餓死したり、ペストで倒れたりした。老若男女、住民は暴行略奪にあい、食べるものも、着るものもなく、家は焼かれ住む所もなく、厳しい冬の寒さにばたばたと死んでいった。農業、工業、商工業のすべてが一時完全なマヒ状態になった。この30年戦争の惨禍によって、ドイツの発展は200年後戻りさせられたといわれている。