ビスマルク Otto von Bismarck (1815-98)
オットー・フォン・ビスマルク
プロイセン、ドイツの政治家、ユンカー(土地貴族)の出身。ベルリンの3月革命には反革命派として活躍、保守党の創立者となる。革命後ドイツ連邦へのプロイセン公使に任ぜられてフランクフルトに赴き、そこでしばしばオーストリアと対立した。ついでロシア大使・フランス大使となったが、1862年国王ヴィルヘルム1世が軍備拡張のため議会と衝突した際に首相に任ぜられ、有名な「現在の大問題は言論や多数決によってではなく、鉄と血によって決せられる」という演説を行い、議会を無視して軍備拡張を実行した。その武力によってドイツ統一を遂行しドイツ帝国宰相となり、90年までそれを独占した。ヨーロッパの平和維持に努め、ロシア/トルコ戦争後ベルリン会議を主宰して<公正なる仲介者>の役割を演じた。彼はフランスの復讐を恐れてドイツ/オーストリア同盟・三国同盟・三帝同盟・再保険条約などの同盟関係によりドイツの地位を安泰にした。しかし国内には反対勢力が多く、カトリック教徒に対して文化闘争を行い、社会主義者鎮圧法によって社会主義を圧迫した。ヴィルヘルム2世が即位すると、政策上対立が生じ、90年に辞職した。