農民戦争 Deutscher Bauernkrieg



1524年から1525年にかけてドイツに起こった大規模な農民反乱。
その先駆けとなったのは15世紀末から16世紀初頭にかけておきたスイスや西南ドイツにおきた農民一揆だったが、1524年5月ボーデン湖付近におきた10分の1税反対、農奴的負担拒否の動きが、ルターの福音主義と結合しつつドイツ各地に広がった。

ドイツ全体の標準からすると、西南ドイツの農民には裕福な者が多く、生活にゆとりがあるだけにいっそう自分たちの権利を守ろうという意識が強かった。ちょうどこの頃、西南ドイツの農民達は先祖伝来の権利が次々に奪われていくことや、古来の村役人制度に代わり、諸侯の手によって村が支配されていくことなどに大きな不満を抱いていた。こういう農民達の不満は宗教改革に伴う世直し待望の風潮、事にミュンツアーらの急進的な考え方にあおられ、武装蜂起するという形で爆発した。

1525年3月には農民の指導者達が12ヶ条の要求をスローガンとして領主を圧迫した。農民達の要求は穏健妥当な事ばかりだったが、諸侯達は受け入れるつもりは全くなく、シュヴァーベン同盟を中核とする傭兵軍をうちたてこれを鎮圧し、農民側は以後再び立ち上がる力を失った。