政治動向

第2時大戦後のイタリア政治は小党分立で短命内閣が特長だった。1983年にクラクシ内閣が成立してから、キリスト教民主党(DC)と社会党を中心とした中道左派連立内閣の枠組みが約10年続いたものの、92年以降の首相経験者までを対象とする程の汚職摘発により、既成政党の権威が大きく失墜した。従来の比例代表制から大幅に小選挙区制を取り入れた新制度で94年3月に総選挙が行われ、メディア王といわれる、ベルルスコーニの率いる右派連合が圧勝、<フォルツァ・イタリア>を中心に3党連立政権が発足。しかしベルルスコーニ首相率いる企業グループ、フィニンベストの贈賄疑惑をきっかけに連立に亀裂が入り、94年12月に内閣は総辞職し、民間人で構成されたディーニ内閣が発足し96年度予算を成立させた。96年1月のディーニ内閣総辞職後、4月に行われた総選挙の結果左翼民主党(旧共産党)などで構成する中道左派連合の<オリーブの木>が過半数を制して勝利を収めた。96年5月に発足したプロディー内閣は官僚20人で構成され、左翼民主党から9人が入閣、外相にディーニ前首相、国庫・予算相(蔵相)にチャンピ元首相、公共事業相には政界汚職摘発で一躍国民的英雄になったディ・ピエトロ元検事が起用されるなど錚々たるメンバーでスタートした。