(フュッセン)
 |
アウグスブルクから約2時間
ミュンヘンから約2時間 |
フュッセンに宿泊する時というのは、ノイシュヴァンシュタイン城の観光のついでといった場合が多いと思うが、折角だから旧市街を歩いてみよう。町の目抜き通り、ライヒェン通りを中心に石畳の道が続き、保養地としての落ちついたたたずまいを見せている。
フュッセンという名前の由来となったのはフューセ(Fusse)足という言葉で、山の足、麓にある町という言葉通り、高くそびえるアルプスの麓に位置する。市の紋章も足。走っているように膝を曲げた3本の足が風車の羽のように付け根の所でくっついているという変わったもの。これはフュッセンからイタリア、アウグスブルク、ケンプトンへ通じる3本の道をあらわすもの。
ロマンティック街道はここで終わりとなるが、古代ローマ時代の道VIA Claudia はさらに南へと続き、オーストリアのチロル地方を通り、イタリアへと至る。古代ローマ時代にはこの場所に要塞が築かれ、アルプス越えの要衝の町であった。8cの半ば、スイス北部のザンクト・ガレンからやって来たマグヌスという修道士がこの町で修道生活を営み、亡くなっている。後に彼は聖人に列聖され、12cに聖マグヌスに捧げる修道院が町に築かれた。それ以来18世紀頃までは宗教色の濃い町であり、今も町中では聖人像をよく見かける。14cの初頭からこの地にはアウグスブルクの司教の夏の離宮が築かれ、これが現在ホーエ城と呼ばれている城にあたる。アルプスを背に、海抜800mとドイツで最も海抜の高い町であり、町の裾野をレッヒ川が流れ、フォルゲン湖を始めとする美しい湖と森に囲まれた町でもある。キャンピング、スキー、登山などのレクリエーションや、温泉の保養地として一年中観光客の絶えない町である。 |
■ホーエス城 Hohes Schloss
<町のメインストリート、ライヒェン通りに沿って行き、突き当たったら坂を上っていきホーエス城へ>
14c初頭にアウグスブルクの司教の夏の離宮として建てられ、その後幾度か修改築が繰り返された。16cの初めにはハプスブルク家の皇帝マクシミリアン1世の離宮としても使用されている。現在は一部ギャラリーとして公開されている。
宮殿の外側の窓の縁飾りは、巧妙なだまし絵で描かれている。この宮殿が造られた16c頃イタリアで流行していたマニエリスム様式の手法である。建物の2階部分にはこの城館で最も美しいといわれている、騎士の間があり、見事な木製の天井が目をひく。
■フュッセン市博物館 Museum
der Stadt Fussen
<ライヒェン通りを行きT字路につきあたったら左手へ進む。道なりに進み右側に建っている赤い屋根の白い館。内部はかなり広い>
この地で修道生活を営み亡くなった聖マグヌスの為に建てられた、聖マング修道院 <Kloster St. Mang>を1955年に市政700年を記念して改装し作られた博物館。
1602年にヤーコプ・ヒーベラによって描かれた壁画、アンナカペレ<Annakappelle>「死の舞踏」がある。また、16〜17世紀頃フュッセンで活躍した一族が残したリュートやヴィオラ・ダモーレなどの古楽器が展示されている。当時世界に名を馳せたこれら楽器の音色をテープで聞くこともできる。南棟には修道院として使われていた当時のままの図書館、食堂、祝祭の間などが残されている。
■聖マング教会 Stadtpfarrkirche
St.Mang
<入口は博物館の手前の道を行った左側にある>
聖マグヌスに捧げた教会で、今ある建物は18世紀に改装されたバロック様式。天井には聖マグヌスの生涯のフレスコ画が描かれている。隣接して聖マグヌスの墓石や1000年以上前に描かれたフレスコ画があるクリプタ(Krypta)が残されている。
博物館の前の通りをそのままレッヒ川の方へ下っていくと、左手に鮮やかな壁画に彩られた赤茶色の聖霊シュピタール教会<Heilig-Geist-Spitalkirche>にでる。1749年に作られた教会で、左右の入口の上には聖フロリアンと幼子イエズスを肩に乗せた聖クリストフォルスが描かれている。
シュピタール教会から東へ行った所に聖シュテファン教会がある。この教会の裏手にある門の壁には 、ロマンティック街道の終点[Ende der romantischen
Strasse] という文字が記されているそうである。<見た方は詳しい情報を教えて下さい>
|