ネルトリンゲン)



ディンケルスビュールから30分。 アウグスブルクまで約45分。
ミュンヘンまで約2.5時間
<アウグスブルクからアウトバーンを走った場合>

ビュルッツブルグからフュッセンまでのロマンティック街道のちょうど中間地点にネルトリンゲンは位置する。この辺りで街道は一直線の道となり、直径25Km程の円形のリース盆地へとさしかかる。この盆地があまりに円形な為、その成立の究明が200年ほど前から行われている。火山の爆発説、氷河による浸食、隕石の落下説など、いくつかの学説が打ち立てられたが、研究の結果1500万年前の巨大隕石の落下によってできた、クレーターの中心であるという学説が有力で、アメリカの航空宇宙開発局、NASAによっても証明された。そんな円形のリース盆地の真ん中に、これまた円形の市壁に囲まれたネルトリンゲンがある。この場所でNASAは宇宙飛行士の訓練を行っている。アメリカのアポロ計画で月に行った宇宙飛行士は、月面とここの地質が似ていることから、月面調査の訓練を行い、ここでとれた岩石を月に持っていったそうだ。宇宙からきたものを宇宙に返したわけだが、逆に月から持ち帰った石がネルトリンゲンのリース盆地博物館に展示されている。

町が近づくとネルトリンゲンの中心に建つ聖ゲオルク教会の高い塔が見えてくる。89mの高さを誇るこの塔は、教会の鐘楼として1539年に建てられたもので、リース盆地のどこからでもよく見え、旅人の道標にもなってきた。旧約聖書のダニエルの書の中に記されている「王はダニエルに高い位を授け、統括する者の長とした」という言葉から、リース盆地を上から見おろし、統括するように建つこの塔を、19c頃からダニエルの塔と呼ぶようになった。
町の歴史は2000年ほど昔にローマ帝国によって宿場が開かれたことに遡る。ローマ人はゲルマン人の侵入を防ぐためにドナウ川とライン川の間にリーメスと呼ばれる長城を築いていた。中国の万里の長城のようにしっかりとしたものではなく、土累を築き、監視塔を置くといったものだったが、このリーメスの一部がネルトリンゲンから北へ25キロ程行った村に残されている。(リーメスはリミット=境界線の語源) ローマ人はリーメス後方の街道上にも軍隊を駐屯させていたが、ネルトリンゲンはそんな駐屯地の1つだったと考えられている。市内の歴史博物館には、そんなローマ時代の発掘品も展示されている。
ゲルマン侵入により、ローマは去り、3cから6c頃にかけて、アレマン族がこの地に集落を築いたといわれる。その後この町が歴史上に現れるのは9cになって、レーゲンスブルクの司教領主が、ここに宮廷を置いてからである。そして1215年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ2cによって、帝国自由都市と認められ、町は大いに栄えた。当時、聖霊降臨祭(6月頃)に10日間にわたって開かれた大市は、フランクフルトと並び、南ドイツで最大級の規模のものだった。14cには皇帝ルードヴィッヒ・バイエルンとカール4cの庇護の許、町はますます繁栄し、「ローデン織り」「リンネル織り」などの織物業や染色業を中心に15、16cに絶頂期を迎えた。しかし、16c半ばから17cにかけて全ドイツを襲った、宗教戦争やペストの流行により、町は衰退してしまう。半減した人口が30年戦争前の人口までに回復したのは、なんと第2次世界大戦の始まる1939年になってからだった。
現在ネルトリンゲンは人口2万人で、シュバーベン地方の行政、経済の中心地となっている。又、中世の頃から町中を流れるエーガー川の水流を利用して盛んだった皮なめし業は現在も健在で、川沿いにヘレーデラーガッセと呼ばれるなめし皮横丁が残っている。
町は11の塔と16の城門をもつ屋根付きの市壁で囲まれ、15、6cの裕福だった時代を象徴するかのように聖ゲオルク教会がそびえている。

  • 市壁内にはバスは止まれず、通過のみ可能。城壁内を通過したい時はドライバーに頼んでおかなければ、バスは市壁と城門を右手に見ながら町の外側を迂回することになる。城壁内を歩きたい場合は、駐車場を利用して徒歩で入ることになる。中心のマルクト広場まで往復20分かかる。
  • トイレは市庁舎の裏。無料の公衆トイレで、あまりきれいでない。
  • マルクト広場にてトイレストップ、周辺の説明、塔への昇降、全部あわせて30分程。駐車場までの往復20分をたして、正味50分ほど必要となる。
  • <車の往来が激しいので道の横断には十分気を付けよう>


    市庁舎 Rathaus

    14cに建てられたもので、16cに増築されている。建物のインフォメーション側には30年戦争直前の町が繁栄していた頃に建てられた、美しい石造りの階段が見える。
    市庁舎の前にはネルトリンゲン全図が置いてある。円形の市壁で囲まれているのがよくわかる。
    市庁舎の横の道路に中央分離帯が設置されていて、そこにロマンティック街道の道標が立っている。道標はバスの中から見るだけで、なかなか写真を撮る機会が無いので、ここで記念写真を撮るのも良いだろう。


    聖ゲオルク教会 St.Georgkirche

    1427年から92年の歳月をかけて造られた。後期ゴシック様式の教会。ローテンブルクやディンケルスビュールの教会と同様に側廊の天井が中央の天井に続く、ハレンキルヘと呼ばれる建て方で、英語ではホールチャーチと呼ぶ(ハレ=ホール)。この建て方はロマネスクの時代に既に見られたが、ドイツでは後期ゴシック時代に入ってから発達した。側廊に設けられた大きな窓から光が入り、教会内が明るい。説教を重視するドイツでは説教台から人々の顔がよく見え、民衆からも説教をする聖職者の顔がよく見えるこの建て方が発達した。教会内主祭壇は何度か修復され、現在残るものは1973年に造られたバロック風のものである。左外側には教会の守護聖人である竜を退治する聖ゲオルクの像が置かれている。


    ダニエルの塔 (8AM〜日没まで 2.5DM)

    350段の階段を登り、塔の上に登ることができる(所要約20分)。中世以来夜警の見張り場であり、現在でもそれは続いている。上に登り夜警さんに2.5DMの入場料を払い、さらに少し登ったところで外に出れる。上からはリース盆地が広がっている様子がよく見えるが、ネルトリンゲンの丸い形はここからではよく解らない。
    塔と教会はこの地方で採掘された石を使って建てられており、近くで見るとその中に隕石の破片と思われる黒い岩石のかけらが含まれているのが解る。


    タンツハウス Tanzhaus

    教会の塔の斜め前に建つ3階建ての木骨組の建物は1444年に建てられた、商店と市場ホールで、上の方は倉庫にもなっている。このホールでこの町を度々訪れた神聖ローマ帝国皇帝、マクシミリアン1世が、町の娘とダンスをしたのでこの建物はタンツハウス(ダンスハウス)と呼ばれている。道路に面した壁にはマクシミリアン1世の像がはめ込まれている。