(ライン川)


ライン川はラテン語でレーヌス、フランス語でラン、オランダ語でリエンと呼ばれるが、文字どおり、これらすべての国々と関わっている。スイスアルプスのトーマゼーという湖に源を発し、ボーデン湖に入り、ドイツとフランスの国境を北に向かう。ストラスブールを越えカールスルーエの少し南からドイツ国内を流れ、ボン、ケルン、デュッセルドルフ、クレーヴェを通り、オランダ国内へと入り、ロッテルダムから北海へと注いでいる。全長1320キロに及ぶ大河で、そのうちドイツを流れるのは698キロ、ドイツ人はこの川を「父なる川」と呼んでいる。
ライン川流域のマインツからコブレンツの間は「ロマンチック・ライン」と呼ばれ、多くの古城が点在している。先を急ぐグループ旅行の場合はそのうちの、リューデスハイムからザンクト・ゴアール間のおよそ2時間の船旅を利用する。


ライン川遊覧  KD Line : Booking tel 0221/2088-288

ライン川の地図と歴史

リューデスハイム〜ザンクトゴアスハウゼン  所要約2時間

  • チケット売場で(ドロッセルガッセの土産屋にもあるが)ライン川ガイドブックとラインの流れ(地図)を販売している。ガイドブックの方が見やすい。(DM4.2)
  • 船の中は自由。カフェに座ると注文を取りにくる。無理に頼まなくてもよいが、リュデスハイマー(白ワイン)やアップルワイン、グレープジュースやお茶でも飲みながら遊覧を楽しんでもらおう
  • どちら側に座った方が景色がよいかとよく聞かれるが、右岸、左岸の停留所に停まっていくので何ともいえない。強いて言えば、進行方向に向かって右側
  • 川岸にライン川の流れに沿っての距離(Km) が明記されている。購入したガイドブックの地図上にも距離が記されているので参考にしてもらう
  • ローレライの岩が近づくと船内にハインリッヒ・ハイネ作詞、フリードリッヒ・ジルヒャー作曲のローレライの歌が流れるので天気が良ければ甲板に出てもらおう
  • KDラインの場合、ローレライの岩を過ぎて次に停まるのがザンクトゴアでその次に停まるのがザンクトスゴアスハウゼン。
    ザンクトゴアスハウゼンまで行く場合、ザンクトゴアで間違って降りる人がいないよう、出入口でチェックしよう。
    Bingen Rudesheimer の場合、ザンクトゴアスハウゼンの次がザンクトゴア。間違えないように注意しよう
  • ハイデルベルク方面へ向かう場合、アウトバーンに乗るためリューデスハイムまでライン川沿いをバスで戻ることになるので、船から見えた城などを車中から案内


    --もしも船に乗り遅れたら
  • スケジュールに余裕があり次の船に乗れれば一番よいが、もし無理なときはバスで船を追いかけ途中から乗船、もしくは逆ルートの船に乗船する

    --冬場の船が走っていないときの観光は
  • リューデスハイム〜ザンクトゴアスハウゼン間をバスで走る。ゆっくり走っても30分ほど。できればローレライの岩にでも登って、上からの景観も楽しもう。

  • 見 所
     リューデスハイムを出航するとまもなく、中州に13世紀の通行税をとるための関所だったネズミの塔Mauseturmが現れる。この名は重税で農民や通行人を苦しめたマインツの大司教が、ここでネズミに食い殺されたという伝説に由来する。
    ネズミの塔を通過するとまもなく左手にそそり立つ岸壁の上に900年頃建てられたラインシュタイン城が見える。この城も税関として建てられたもの。隣り合わせに建つのはライヒェンシュタイン城。今はホテルになっているが、昔は川を渡る舟をおそう盗賊騎士の根城だった。そのために13世紀にライン都市同盟により破壊されるが、その盗賊騎士退治の基地として使われたのが前出のラインシュタイン城だった。どちらの城も修復され、一部博物館として公開されている。
    城の下に見える教会は、12世紀に建てられた聖クレメンス礼拝堂で、ライン沿いの教会の中でも古いものに属する。
     その隣りにゾーンエック城が見えてくる。11世紀に建てられたこの城も盗賊のすみかとなった為、13世紀に2回破壊されている。このライン川は中世の800年間を通じて、帝国領域の中央を流れ、ヨーロッパの南北を結びつける重要な交易路だった。川の通行税という利権を狙って、近隣の諸侯はこぞってライン流域に進出し、数々の城を建てている。
     やがて舟は中世建築の残るバッハラッハでお客さんを乗せる。このバッハラッハは千年以上の歴史をもつ町で、木材やワインの販売そしてライン川を通る舟からの通行税によって、財政豊かな町であった。町の左上に見えるのはホーエンシュタウフェン王家の居城だったシュタールエック城で、12世紀に建てられ、30年戦争の時に破壊されたが、修復されその後17世紀にフランス軍に破壊され廃墟となってしまう。現在は修復され、ユースホステルとして利用されている。
     中州に建つのはプファルツ伯の砦、略して「プファルツ」と呼ばれる、川の通行税をとるための税関だった所。14世紀に築かれた頃は、真ん中の五角形の塔だけしかなかったが、後に舟のような形の外側部分が補強された。この砦のある中州に渡る舟が次に停まるカウプからでている。
     右岸にある町は10世紀からの古い町、カウプ。ライン川に面して立てられている立像は、ブリュッヒャー元帥のもの。ブリュッヒャー元帥は、ナポレオンの軍隊が退却する際それを追跡し、この場所で舟を使い対岸へ橋を渡した。約10万もの兵隊がその橋を渡り、ナポレオン軍を追跡したといわれている。それを記念してここにその像が建てられている。
     その対岸にある町オーバーヴェーゼルには優美なシェーンブルクの城がある。ここから川幅は狭くなり、前方右手に有名なローレライの岩山が現れる。事故が絶えなかったというこの難所を過ぎると次の船着き場、ザンクトゴア(KDラインの場合)の丘の上にラインフェルス城、また右岸にカッツ(猫)城マウス(ねずみ)城と古城が続く。


    ローレライの岩 Roreley

  • ザンクトゴアスハウゼンからバスで20分ほどで岩の上に登れる。上にはレストランとホテルがあり、それらを囲むように遊歩道が造られライン川が見おろせる(ローレライ像もある)。駐車場に小さな売店があるが、トイレはない。駐車場は無料。写真ストップで、15分ほど。
  • 水面から高さ130mという巨岩が川に突き出している。ここでラインは川幅113mと、最も狭まる。深さは25mとなり、川床には岩礁が横たわる。行き交う舟人達にとって最大の難所となり、そのために伝説が生まれた。「この岩の上には金髪の水の精たちが住み、船が通ると美しい歌声を響かせる。船乗りたちはその美しい姿と、歌声に魅せられ、うっかり舵を取り損ねて命を落としてしまう。」ローレライとは妖精の岩という意味を持つ。しかし、この岩の名が世界中に知れ渡っているのはなによりも、ハイネの詩とジルヒャー作曲の「ローレライ」の歌による。
    なじかは知らねど 心わびて 
      昔の伝えはそぞろ身にしむ わびしく暮れゆくラインの流れ 
       入り日に山々 あかくはゆる
    うるわし乙女の 岩に立ちて 
      黄金の櫛とり 髪の乱れを ときつつ口ずさむ 
       歌の声の くすしきちからにたまもまよう
    こぎゆく舟人 歌にあこがれ 
      岩根も見やらず 仰げばやがて 波間に沈むる 
       人も舟も くすしきまが歌 歌うローレライ

    日本では明治42年に「女声唱歌」に掲載されている。


  • ラインの火祭り Rhein in Flammen
    毎年、5月から9月にかけて、ライン川沿いで開催されるヨーロッパ有数の花火大会。ボンからリューデスハイムにかけての区間が5つに分けられ、各区間ごとに時期を違えて火祭りが開催される
  • ローレライ音楽祭 Loreley Festival
    毎年夏に開催される"サマー・カルチュラル・フェスティバル" の一環として開催される、ローレライの岩の上にあるローレライ野外劇場で演じられるオペラ。古城とブドウ畑を望むローレライの谷と4.000人収容の古代ローマ式円形劇場という最高の舞台装置で、トップレベルのオペラが上演される。
  • ワイン祭り Rudesheimer Wein Fest
     8月中旬