パドヴァの概要・歴史


概 要

標高12m。人口約24万人(その内5万人が学生)の中都市。ヴェネツィアの西40キロに位置し、大学と信仰の中心として栄えた。街の中心にめぐらされたポルティコ(回廊)が美しい町。ヴェネト州パドヴァ県の県都。ローマ時代から産業が発達した裕福な町であったが、現在観光収入以外でも農業、金属、鉄鋼業、服飾、繊維、食品などの産業が盛んで、毎年6月には国際見本市が開催されている。(町は高速道路上からは見えない)

1222年創立のイタリアでボローニャに次いで2番目に古いパドヴァ大学がある。ガリレオ・ガリレイが教授として招聘され、遅れてダンテやペトラルカが居を移して活躍し、文化の香り高い町として評判になる。

この地で没した聖アントニウスの墓所である、サンタントニオ教会はカトリック信者の聖地となっている。また、スクロヴェーニ礼拝堂のジョット、サンタントニオ教会のドナテッロ、信心会の若き日のティツィアーノなど美術愛好家にとっても魅力的な聖地である。

16世紀のパドヴァでは音楽付き劇や音楽とともに行われる催し「馬上試合」などが盛んに行われている。ヴェネツィアで初めて上演されたオペラマネッリの「アンドロメダ」の舞台はパドヴァの催しを手本にしたといわれている。
パドヴァを舞台にした作品としてはビゼーのオペラ「ミラクル博士 Le Docteur Miracle」があげられる。またシェークスピアの喜劇「じゃじゃ馬ならし」はパドヴァ大学の学生と土地の令嬢との恋物語である。

パドヴァ出身の有名人

  • ジュゼッペ・タルティーニ(1692-1770)18世紀に活躍したヴァイオリン奏者。パドヴァのサンタントニオ教会の第1ヴァイオリン奏者だった。
  • アッリゴ・ボーイト ヴェルディの傑作「オテッロ」「ファルスタッフ」の台本作家。
  • ドリーゴ(1846-1930)作曲家。バレエ「百万長者のアルルカン」
  • アンドレア・マンテーニャ Andrea Mantegna 1431-1506 イタリア初期ルネッサンスの画家。遠近法の大成者。
  • ティート・ゴッピ(1915-1984)名バリトン歌手。パドヴァ近郊の生まれ。
  • ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ(1936-)メゾソプラノ歌手。

  • 歴 史

    その歴史は古く、BC8〜7世紀頃すでにこの場所に町があった。他の近郊の町と同じように古代ローマ都市国家の道をたどる。BC1世紀に造られた円形闘技場の遺跡がわずかながら残されている。

    12〜13世紀の都市国家の時代は、近郊の都市<ヴィチェンツァ、バッサーノ、フェルトレ>を支配下に治め、宗教、文化、芸術がもっとも盛んだった。この時代にパドヴァ大学が設置され、ラジョーネ宮、サンタントニオ教会、エレミターニ教会が建てられ、スクロヴェーニ礼拝堂のジョットのフレスコ画が描かれている。

    14世紀には、ダ・カッラーラ家による領主体制が70年ほど続くが、1389年ダ・カッラーラ家はミラノのヴィスコンティ家に破れる。

    1405年以降はヴェネツィアの支配下に置かれ、その後の運命を共にした。ブレンダ運河沿いにはヴェネツィアの貴族達が本土領内の別荘として建てた建物が、数多く残されている。