スクロヴェーニ礼拝堂
Cappella degli Scrovegni


主祭壇に向かって右側壁面の最上列「マリアの生涯」から説明が始まる。ヨアキムとアンナの物語はヤコブ原福音書、偽マタイ伝、聖母誕生伝、黄金伝説などに記されている。

  1. 「神殿から逐われるヨアキム」(供物拒否)ピンクの着物を着ているのがマリアの父ヨアキム。ヨアキムはアンナと結婚して20年も経つのに子供ができない。
    <ヨアキムは、ある年の仮庵の祭りに同族の人たちと連れだってエルサレム巡礼に出かけた。そして、みんなと一緒に祭壇の前に進み、供物を捧げようとした。ところが、それを見た祭司は、大変怒って彼を突き飛ばし、彼が主の祭壇に近づこうとしたことを難じた。というのは、律法の呪いを受けた者が律法を授けられた主に供物を捧げるのは、けしからぬ事である。子をもうけられない者は神の民を増やさなかったのだから、子をもうけた人たちと同席することは許されないと言うのである。-黄金伝説->
  2. 「羊飼いのもとに赴くヨアキム」
    <ヨアキムはこのような辱めを受けると、恥ずかしくて故郷に帰る勇気がなくなった。これを聞いていた身内の人たちから同じ様な嫌がらせの言葉を浴びせられてはたまらないと思ったのである。そこで、エルサレムを出発すると、自分が使っている羊飼いたちの所へ行った。-黄金伝説->
  3. 「お告げを受けるアンナ」マリアを身ごもった受胎告知。左端に描かれている糸をつむぐ召使いは人間の誕生に立ち会って命の糸をつむぐ古代運命の神クロートから発想されていると言われている。糸つむぎのモチーフは告知の場面によく描かれていた。
    <アンナは毎日泣き暮らしていた。夫がどこへ行ってしまったのか、行方が分からなかったからである。するとある日天使が現れて彼女に受胎告知する。更にその証拠にエルサレムの黄金の門に行けば、夫が帰ってくるのに会えるでしょうと言った。-黄金伝説->
  4. 「犠牲を捧げるヨアキム」アンナの受胎告知を知らず砂漠でいけにえを捧げていると、右手に大天使ガブリエルが現れ、神が願いを受け入れたことを告げる
  5. 「ヨアキムの夢」
    <天使の幻影を見たヨアキムは戻るべきか否か心の中で迷っていると、いつしか眠りに襲われた。夢に天使が現れ安心して山を降り、アンナのもとに戻るがよいと言った。ヨアキムは夢から覚めて羊飼いたちを呼び集め夢について語ると、彼らは主なる神を讃え主人に言った。「何よりもまず神の御使いをないがしろにしないように気を付けなくては。さあ起きて出発しましょう」-偽マタイ伝->
  6. 「黄金門の再会」
    <こうして二人は、天使の約束どおり黄金の門で再会を果たした。そして、自分たちに同時に同じ天使の訪問があったことを喜び、子宝を約束されたことで心が慰められた。それから神に感謝をし、神に約束されたことの期待に胸を膨らませながら国もとへ帰った-黄金伝説->

    マリア誕生から結婚まで <ここから場面は左側壁面の最上列に移り、入口から奥に向かって展開する>

  7. 「マリア誕生」<こうしてアンナは身ごもり、女の子を生んで、マリアと名付けた-黄金伝説->
    ベッドが描かれているのは珍しい。マリアは布をまかれ上下2カ所に描かれている。古代には死者を包帯で巻き付ける風習があったが(24.ラザロの蘇生にも見られる)これは新生児のコスチュームとしても、中世まで長く往き続けた。14世紀-15世紀の幼児キリストを描いた絵画や彫刻などにもよく見られる。なぜこうした習慣が残ったのかはよく分からないが、14世紀のイタリアの著述家フランチェスコ・ダ・バルバリーノが「あまりきつく巻きすぎないように、泣いたり、体に悪影響を与えない為に。しかし緩すぎもしないように、そうすると腕を出して目をこするから」と書き残している。
  8. 「マリアのお宮参り」
    <それから3年経って離乳させるとヨアキムと妻のアンナは主の神殿へと赴き、神にいけにえを捧げて童貞女たちが日夜神を讃え奉っている修道院に娘のマリアをゆだねた。彼女は神殿の前に置かれると、子供ならそうするように後ろを振り向いたりせず、親を呼んだりもせずに、15の階段を走って昇った。これにはみんな驚かされ、神殿の祭司達も褒め称えた-偽マタイ伝->
  9. 「求婚者の申し出」求婚者達が棒を神殿に差し出す。一番左端に描かれている、頭に後光がさしているのがヨセフ。
    <ヨセフも、ダビデの一族であったが、自分のような高齢の身でうら若い乙女を妻にするのは穏当でないと思った。そこで、他の者がみんな杖を祭壇に持っていったのに、彼だけは、杖を隠しておいた。ところが、あの声が告げたようなしるしがどの枝にも現れなかったので、大祭司は、あらためて主にお伺いをたてた。主のお答えがあった。「この乙女にふさわしい者だけが、枝を捧げなかった」と。事が露見したヨセフは、やむなく枝を祭壇に捧げた。すると、たちまち枝に花が開き天から鳩が降りてきて、枝の先にとまった。ヨセフがマリアの婚約者になるのだということが、一同に示されたのである。こうして、ふたりの間に婚約が取り交わされた。ヨセフは家をととのえ、結婚式に必要なものを用意するために、ベツレヘムの町に帰っていった。-黄金伝説->
  10. 「枝への祈り」棒に花の咲いた者がマリアの夫となる
  11. 「マリアとヨセフの婚約」花の咲いた棒を手にマリアと婚約するヨセフ。花の上には神の祝福を表す白い鳩が描かれている
  12. 「マリアの帰宅」
    <乙女マリアは、大祭司が奇跡のしるしとして付けてやった乳姉妹と遊び友達など7人の乙女達に伴われてナザレの父の家に帰った。その後しばらくして、マリアが祈っているところへお告げの天使ガブリエルが現れて、神の御子のご降誕を告げたのである。-黄金伝説->

イエスの生涯は正面内陣のアーチを介して、大天使ガブリエルと処女マリアが向かい合った「受胎告知」に始まり、右側壁面の中段に「幼児期」が左側壁面の中段に「伝道」が右側壁面の下段に「受難」がそして左側壁面の下段に「死と復活」が描かれている。絵の説明は新約聖書を参考にしてほしい。

13. 天使の派遣
14. 受胎告知 <向かって左側に大天使ガブリエル、右側に聖処女マリア>
15. マリアのエリザベス訪問
16. キリスト降誕
17. 東方三博士の礼拝<下記に説明あり>
18. 幼児キリストの神殿奉献
19. 聖家族のエジプト逃避
20. 幼児虐殺<苦悶の母親たち残忍な兵士達の顔が対照的>
21. 少年イエスと学者達
22. 洗礼<水の透明感をうまく描いている>
23. カナの婚礼
24. ラザロの蘇生<下記に説明あり>
25. エルサレム入城
26. 商人追放
27. ユダの契約
28. 最後の晩餐
29. 弟子達の足を洗うキリスト
30. ユダの接吻<下記に説明あり>
31. 尋問を受けるキリスト
32. いばらの冠をかぶされ、むち打たれるキリスト
33. 十字架の道行き
34. 磔刑
35. キリストの死への哀哭<下記に説明あり>
36. 復活のキリスト「われに触るな」
37. 昇天
38. 聖霊降臨



17. 東方三博士の礼拝(マタイ福音書2章から)

<キリストがベツレヘムで生まれたとき、東方の博士達は不思議な輝きを放つ星を目撃した。星は彼らを先導しついに幼子のおられる所まで進んでいきその上にとどまった。博士達は家に入り、母マリアと供におられる幼子を見てひれ伏し拝んだ>
博士達を導いた星としてジョットはこの絵が制作される直前の1301年に接近したハレー彗星を描いている。この彗星について当時のフィレンツェの歴史家の一人が「煙のように大きな尾が4カ月間も肉眼で見えた」と書き残しており、自然主義絵画の先駆者であったジョットは彗星を細かく観察していたと見られる。1980年にヨーロッパで打ち上げられたハレー彗星観測のための探査機にはこの絵にちなんでジョットの名が付けられた。画面左端には博士達が連れてきたラクダが描かれているが、本物を見たことのなかったジョットは馬の顔をもとに想像上のラクダを描いている。

24. ラザロの蘇生(ヨハネ福音書11章から)

<ベタニヤの村の住人、マグダラのマリアとマルタの兄弟ラザロが病に臥していた。マリアとマルタはイエスのもとに使いをやって助けを求めた。姉妹とラザロを深く愛していたイエスは弟子達と供に急いでベタニヤにやってきたが、ラザロはすでに死に4日間も墓の中に置かれていた。マルタがイエスを出迎え次いでマリアがイエスに会いに行ったが、その時マリアはイエスの足下にひれ伏し泣きながら言った。「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら私の兄弟は死ななかったでしょう」イエスは激しく感動し涙を流した。そして墓に入り洞穴の石を取りのけるように命じた。マルタが「主よもう臭くなっております。4日も経っていますから」と言うとイエスは「もし信じるなら神の栄光を見るであろうとあなたに言ったではないか」と答えた。そして人々が石を取りのけると、イエスは大声で「ラザロよ出てきなさい」と呼ばわれた。すると、死人は手足を布をまかれ顔も顔覆いで包まれたまま出てきた。イエスは人々に言われた「彼をほどいてやって帰らせなさい」>

ジョットの多くの壁画の背景には、簡素な建築物か、裸の岩山が舞台装置のように描かれている。背景に建築物が描かれているときは町の中での出来事を表す。このラザロの蘇生はベタニヤの村の郊外の墓地が舞台なので、背景には潅木の生えた荒涼たる岩山が描かれている。この岩山にもジョットの形態に対するシャープな自然感覚と幾何学感覚が見られる。ジョットは石の塊という自然物の観察から山岳をイメージしたようだ。石の塊の中に現実の山の大きさが凝縮されている。ジョットが生み出したこうした自然主義的造形法は16世紀以前のイタリア画家の自然表現の基本的方法となった。ジョットはまた、人間や他のものを描くにも同様にシャープで簡潔な幾何学的形態を用いている。ラザロの蘇生の中で墓石の蓋を持つ後ろ向きの少年は、大胆な単純化によってモニュメンタルな雄大さを帯びながら、かつ動きを持っている。
山腹につくられた墓の蓋が開けられ、ミイラのように骸布で巻かれた死者が引き出される。屍化したおぞましい形相のラザロ。女たちは死臭に絶えきれずに思わず鼻をふさいでいる。キリストの声によってラザロが蘇生する瞬間が描かれているこの絵は、キリストとラザロの対話をドラマの軸に奇跡を目の当たりにした人々の生き生きとした表情、身ぶりを力強く表している。キリストの視線は鉄のような意志と理知に輝き、刺し貫くような強靭さを持ってラザロに投げかけられている。それに対しラザロの両側の老人と婦人が強い視線を投げ返す。この老人の視線と衝突するかのようにその両側の驚く人々の視線が束となってラザロに向かう。キリストの後ろに立つ使徒達の困惑した視線、足下にひれ伏すマリアとマルタの懇願する視線、墓の蓋を持つ少年の傍観者の視線、ジョットの作品に漂う劇的緊張感はこれらの視線の衝突と交錯から生み出されている。中世の図解的象徴主義を打破した新しいリアリズムがここに誕生した。


30. 「ユダの接吻」

「ユダの接吻」でその劇的効果はよりいっそう表される。キリストを裏切ろうとして彼を抱擁するユダの邪悪なそれでいて望みなき視線。それを見おろすキリストのすべてを察している理知的な視線。それはユダの視線を突き抜け、裏切りのすべてを許し憐憫さえ含んでいる。

35. キリストの死への哀哭






もう一つジョットの作劇法を特長づけているのが人物の表現、動きである。この作品の中ではキリストの死への抑えがたい悲しみの激情が、中央の大きく手を広げ悲しみを表すヨハネのポーズや表情に、また空を飛び交う天使たちのポーズや表情に表されている。ジョットはこうした大きなジェスチャーをあまり用いず、どちらかというと動作や表情はむしろ抑制して描くのだが、この抑制と強烈な表現をバランスよく使い、より劇的に場面を描いている。


入口の壁面には最後の審判が描かれている。
中央には栄光の座に座るキリスト。キリストの右手には天国へ迎えられる良い人、左手には地獄へ落とされる悪い人が描かれている。左下に、エンリコ・スクロヴェーニがこの礼拝堂をマリアに捧げている。これはヨーロッパではじめての肖像画で、マリアと同じ大きさで人間が描かれるという自由な作風がうかがえる。ジョット自身も最前列の左から3番目、黄色い帽子をかぶった人物として描かれている。