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シエナ伝承の起源
話はローマ誕生にさかのぼる。その昔、トロイの木馬で有名なトロアスの戦争で敗れたトロア軍の生き残りアエネアスは地中海を渡りテベレ川を遡りイタリアに逃げ延びた。アエネアスは美の女神ビーナスの息子で素晴らしい容姿であった。たぐい希な美男の故であろう、アエネアスのとりことなったのがラツィオの王女ラウィニアでやがて二人は結婚し、ラウィニウムを建国した。その息子アスカニウスはアルバ・ロンガ王国を築く。アルバ・ロンガ王国の14代目にヌミトルという国王がいた。ヌミトルの弟アムリウスは兄の王位を奪いとり、兄の息子を殺し娘を巫女にして家系を絶やそうとした。だがヌミトルの娘のレーアは軍神マルスと出会い、子どもをもうけてしまう。怒ったアムリウスは、生まれた双子の赤ん坊をかごに入れてテベレ川に流してしまった。双子の赤ん坊を入れたかごはパラティーノの丘の下でいちじくの枝にひっかかり牝の狼に拾われた。狼は赤ん坊を丘の上に運び、自分の乳を与え蘇生させた。その後この二人の王子は牝狼と羊飼いの夫婦によって育てられ無事成長する。成長した二人は力を合わせてアムリウスを倒し、彼らの祖父に当たるヌミトルを復位させた。ローマではそのシンボルとして牝狼の乳を飲む双子の赤ん坊の像を様々な場所で見ることが出来る。復讐を終えた二人の王子ロムルスとレムスは新天地に自分の王国を造ろうと、自分たちが育ったパラティーノの丘に戻った。そして二人のうちどちらが新しい王国の支配者になるかを鳥占いによって決めることとした。ロムルスはパラティーノの丘に登り、レムスはアバンティーノの丘で鳥を探した。決められた時間内にどちらの丘にたくさんの鳥が見つけられるか。結果はロムルス12羽、レムスが6羽でロムルスの勝ちとなる。ロムルスは都市区域の周囲に城壁をめぐらしたが、敗れたことがおもしろくなかったレムスはその城壁を嘲りながらとびこえた。怒ったロムルスはレムスを殺し、「城壁を乗り越えようとする者は皆このようにする」と人々に申し渡した。こうして新しい都市はロムルスにちなんでローマと名付けられた。紀元前753年4月21日のことである。
さて、ここからがシエナに関わるところです。
殺されたレムスにはセニウスとアスキウスという二人の息子があった。彼らは伯父の怒りから逃れるために祖国ローマの紋章である。「双子に乳を与える牝狼」の印を持ってこのトスカーナの丘にたどり着き、シエナを建国したのだといわれている。シエナはセニウスの名前に由来し、「双子に乳を与える牝狼」はローマと同じくシエナの象徴となっている。またセニウスとアスキウスが神から与えられた白い馬と黒い馬に乗ってきたことから、また一説には運命の女神ダイアナと太陽の女神アポロンにいけにえを捧げたところ、ダイアナの神殿から白い煙が、アポロンの神殿から黒い煙が上がった為、シエナの紋章は白と黒となったといわれている。
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