観光スポット


サン・ジョヴァンニ洗礼堂 Batiistero San Giovanni

ドゥオーモ後陣の真下に当たる位置にあり、入り口はドゥオーモから外にでて右手の階段を半ば降りた所となる。もともとは新ドゥオーモ拡張計画に伴い、洗礼者ヨハネの教会として作られた。拡張計画の失敗により1355年から20年かけて改装工事が行われ洗礼堂となったが、ファサード上部などは未完のままである。堂内はフレスコ画で装飾されており、シエナ派の画家ヴェッキエッタ(Vecchietta 本名 Lorenzo di Pietro 1412頃-80年)による作品が見られる。
一番の見所は中央に置かれた洗礼盤で、当時のトスカーナの3大彫刻家である<ドナテッロ><ロレンツォ・ギベルティ><ヤコポ・デラ・クエルチャ>が製作に参加している。大理石製の洗礼盤は中央にクエルチャ設計の小さな塔を持ち、てっぺんには彼自身の手によるヨハネ像が、それを支える六角柱の各面には予言者像が彫られている。下部には洗礼者ヨハネの生涯を主題とした6枚の青銅製パネルがはめ込まれており、作者と場面は下記の通りである。

1 「ザカリアの前に現れる天使」 ヤコポ・デラ・クエルチャ
2 「洗礼者ヨハネの誕生」 ジョヴァンニ・ディ・トゥリーノ
3 「荒野で説教するヨハネ」 ジョヴァンニ・ディ・トゥリーノ
4 「キリストの洗礼」 ロレンツォ・ギベルティ
5 「ヘロデの前の洗礼者ヨハネ」 ロレンツォ・ギベルティ
6 「ヘロデの饗宴」  ドナテッロ

6枚のパネルの中でもドナテッロによる「ヘロデの饗宴」が特にすばらしい評価を得ている。「イタリア美術鑑賞紀行」から著者、宮下孝晴氏の著述を下記に引用するので参考にされたい。
<「スキアッチャート」というドナテッロ特有の、空間を押しつぶしてしまう技法がここで完成したといってもいいかもしれません。場面が室内空間ですから、建築的な構造性を最大限に生かしながら、大胆に空間を押しつぶしています。画面の前景は「ヘロデにヨハネの首を差し出しているところ」で、居並ぶ人々が恐怖に青ざめて驚愕している場面です。演劇的な手法は、ただでさえ劇的な場面をいっそう迫真的なものにしています。首を載せた盆の前で逃げまどう二人の子供は、古代彫刻から抜け出てきたような純真で愛らしいプットーですが、台本にない透明な存在として、この子達が場面の恐怖感に対して他の誰よりも素直に反応していることに、すばらしい演出力を感じます。それに前景のもっとも肝心な(首の周囲の)緊張した三次元空間を構成する重要なモティーフにもなっています。饗宴の広間の奥には楽隊のいる部屋、その奥には牢獄から切り落とした首を盆に載せて運んでくる兵士が見えていますから、画面の奥行き線は三次元空間を示すと同時に時間の経過を示す軸線でもあるわけです。このレリーフを見るものは、したがって、画面の左奥に「斬首」という見えない場面を、時間をさかのぼって想像することになります。>


ドゥオーモ付属美術館 Museo dell'Opera Metropolitana

この美術館には大聖堂にあった宗教美術品が展示されている。

1階・彫刻 ジョヴァンニ・ピサーノによる大理石の彫像(1285-97年作)
 ドゥオーモのファサードにあったオリジナル

ヤコポ・デッラ・クエルチャ円熟期の作品
 「聖母子を拝する聖アントニオ・アバーテ、アントニオ・カシーニ枢機卿」

2階

シエナ派の絵画

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ
 「荘厳の聖母」Maesta(1308-11)

・ピエトロ・ロレンツェッティ
 「聖母の誕生」1342年作
・アンブロージョ・ロレンツェッティ 「四聖人」
・シモーネ・マルティーニ
 「副者アゴスティーノ・ノッヴェロの祭壇画」1328年作
3階・絵画 13世紀はじめに制作された祭壇画「大きな目の聖母」<Madonna degle occhi grossi>が展示されている。この祭壇画は縦67センチ、横47センチの小さな作品でもともと祭壇の前面の飾りとして制作された作品が中央部分だけ切り取られたものと思われる。この美術館に納められた作品の中でもっとも初期の祭壇画といえる。その他14世紀から16世紀にかけて描かれた絵画作品などが展示されている。

上記表に赤で記された作品は見逃せない。中でもドゥッチョによる「荘厳の聖母」はシエナの町の宝である。
ドゥッチョ(1260年頃〜1318年頃)はシエナが生んだ最初の偉大な芸術家である。フィレンツェで活躍したジョットと同時代の人であるがその芸術は対照的で、ジョットが自然主義を追求した画期的なものだとするならドゥッチョは厳かなビザンチン様式の枠の中で独自の世界に到達している。ビザンチンからゴシックへの移行期に活躍して、シモーネ・マルティーニやロレンツェッティ兄弟ら15世紀シエナ派の画家達の祖となり、構成と劇的効果に対する感性で、後のルネッサンス美術の開花に影響を及ぼしている。

「荘厳の聖母」は1506年までドゥオーモの主祭壇に置かれていた。その後1771年に分割され、大部分はこの美術館に保管されているが一部消失してしまい、祭壇全体がどのような構成であったのかは正確にはわかっていない。
画面の中央の玉座に聖母子が座り、その周囲を6人の聖人、20人の天使が囲み、足下にはシエナの守護聖人らがひざまずいている。「マエスタ」は荘厳を意味する言葉で、宗教美術においてはこの絵に見られるように、多くの天使や聖人達に囲まれて玉座に座っている聖母子のことを表す。

1260年9月2日フィレンツェとの決戦(モンタペルティの戦い)を前にその全権をゆだねられたブオーナグイダ・ルカーリは、着物を脱いで下着だけとなり、靴も帽子も脱いで聖母マリアに祈願するために大聖堂へと向かった。市民達も彼にならい裸足で後に続く。ブオーナグイダは聖母の祭壇前に直立し「シエナ市とその領土とをあなたの御手にゆだねます」と祈りその証として市の鍵を祭壇に捧げた。シエナはフィレンツェに奇跡的な勝利を収め、シエナの人々は立派な聖母像を次々と製作する。1311年に戦勝50年を記念してドゥッチョによる「マエスタ」は作られたものである。(ちなみにブオーナグイダが加護を祈った聖母像は「大きな目の聖母」と思われる)


国立絵画館 Pinacoteca Nazionale

この絵画館は18世紀にシエナの修道院長だったジュゼッペ・チャッケリが昔の大学の教室にシエナ派画家の作品を何点か集めたことから始まった。19世紀のはじめには修道院から寄せられた作品などで収集品も増え、県立美術館となり1930年から国立となった。12世紀末から400年以上にわたって続いたシエナ派の絵画が展示されている。ほぼ年代順に展示されており、その表現様式の変化の課程がわかりやすい。見学順路は3階から始まり、12世紀から13世紀のグイド・ダ・シエナ、ドゥッチョ、シモーネ・マルティーニ、ロレンツェッティ、サセッタなどの作品が続く。2階にはピントゥリッキオ、ソドマ、ベッカフーミなど16世紀の画家の作品を中心に展示がされている。4階の一室には北部イタリアやフランドルの絵画を集めたスパンノッキ・コレクションがある。