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■洗礼堂 Battistero
白大理石で作られた円形の建物。1152年にディオティサルヴィにより工事は着工し、13世紀にはピサーノ親子も建築に関わっている。14世紀後半にチェッリーノ・ディ・ネーゼの指揮のもと完成した。下の部分はピサ・ロマネスク様式の特徴をよく表し、向かい合う大聖堂のファサードと同じ列柱回廊で飾られているが2層目の列柱の上にはレース模様のようなゴシック様式の尖塔装飾が見られ、作られた時代の移り変わりを物語っている。8面からなる巨大な円蓋は一部に大理石の化粧板が施され、その他は素焼きの瓦がのせられている。4つの扉口のうち大聖堂に面した所が入口となっている。この入口の両脇にある柱には彫刻が施され、扉の上にはジョヴァンニ・ピサーノによる聖母子像の複製(オリジナルはドゥーモ付属美術館蔵)が置かれている。
●内部
中に入ると円柱と角柱が交互に並んで円を描き、高い円蓋を支える。階段でマトロネウムと呼ばれる2階席に上ることができる。このような階上席をもつのもロマネスク様式の特徴の一つである。中央に置かれた洗礼盤は13世紀半ばににグイド・ダ・コモによって作られた。八角形をしており、各面には大理石のバラ型装飾と見事な象眼細工が施されている。(カトリックでは水によって洗礼を受ける。今では多くの場合、額に聖水を流すだけとなった)
●ニコラ・ピサーノ作「説教壇」PULPITO → ニコラ・ピサーノ
ニコラ・ピサーノの署名のある最初の作品で1255年から1260年にかけて制作された。六角形の説教壇は中央に1本、周囲に6本の計7本の柱で支えられ、そのうち3本の柱の台座にはライオン像が彫られている。円柱の上には美徳の擬人像が、柱と柱を結ぶアーチには預言者が彫られている。5枚の浮き彫りパネルは赤みのある石で額縁のように縁取られ、そこにはキリストの生涯を表す「受胎告知とキリストの誕生」「三王礼拝」「キリストの奉献」「磔刑」「最後の審判」が彫られている。ニコラはこれらの作品を手がける上で、カンポサントに置かれた古代ローマの石棺を参考にしたといわれる。躍動感ある見事な彫刻が落ち着いた構成で彫られている。息子のジョヴァンニが大聖堂に制作した説教壇と比較するとおもしろい。ジョヴァンニが制作にあたったのは1302年から11年にかけての事でこの作品が作られてから50年ほど後となり、その作品にはゴシック様式の激しさが感じられる。一方父ニコラの作品はゴシックと比較すると地味かもしれないが、古典的な落ち着きと気品を感じさせてくれる。
■カンポサント(墓地)Camposanto
1277年にジョヴァンニ・ディ・シモーネにより工事が着工され15世紀に完成した。大聖堂に面して2つの入口があるが、向かって右側の入口の上には1350年に制作されたニーノ・ピサーノ派によるゴシックの装飾壁龕に聖母子像を囲む4人の聖人と跪く寄贈者の彫像が置かれている。中に入ると長方形の中庭を繊細な4連窓が合わさったアーチが連続する美しいゴシック様式の回廊が囲んでいる。ここには十字軍の時代に遠くパレスチナから運ばれてきたゴルゴダの丘の土が大量に入れられたといわれる。腐敗した死体はキリスト教美術では「トランジ」と呼ばれ、一番恐ろしい死の表現であったが、キリストが処刑されたゴルゴダの丘の土に埋葬されると遺体は一晩で骸骨になると信じられていた為である。
町の著名な貴族の墓がここに置かれ、周囲の壁にはフレスコ画(14世紀)が描かれていたが1944年7月27日連合軍の爆撃を受けカンポサントの鉛の屋根は溶け、ほとんどの壁画が焼けてしまった。すぐに再建工事が始められ、かろうじて焼け残った壁画は上塗り(イントーナコ)と下塗り(アリッチョ)に分けて壁面からはがされ、上塗りに描かれた壁画の一部は、北側回廊の中程に入口があるアンマンナーティ礼拝堂に、下塗りに描かれたシノピエ(下絵)はシノピエ美術館に展示されている。
壁画の中でも有名なのが1360年から80年にかけて描かれた「死の勝利」「最後の審判」「地獄」「テーベ地方の隠修士達の大虐殺」で、作者については諸説がありはっきりしたことは分かっていない。一般に死の勝利の画家による作品といわれている。
「死の勝利」
3人の貴公子が狩猟の帰りに隠者から棺に入った3つの死体を見せられる。棺の死体は腐敗が始まり蛇がのっている自分たちの死体だった。馬上からのぞき込む3人の貴公子は驚きの表情を見せ、その腐臭に思わず鼻をつまんでいるといった場面が描かれている。「死の勝利」をモチーフとした壁画はイタリア、フランスの中世末期およびルネッサンス期の聖堂壁画で目にする。 |
アンマンナーティ礼拝堂の隣の部屋には壁画の拡大写真をつないで、焼失前のとおりに再現した展示や紀元前2〜1世紀のギリシャの壺などが展示されている。その先のアウッラ礼拝堂には1520年にジョヴァンニ・デッラ・ロッビアによって作られた彩色テラコッタの祭壇飾りが展示されている。
その他ニコラ・ピサーノが洗礼堂の説教壇の彫像を作成する時に参考にしたといわれる「伯爵夫人ベアトリーチェの2世紀の石棺」を初めピサの艦隊が戦利品として持ち帰った古代ローマのキリスト教の石棺が多数展示されている。
■ドゥオーモ付属美術館 Museo
dell'Opera del Duomo
13世紀から17世紀の初めまで大聖堂参事会員の住居として使われていた建物に、ドゥーモのファサードや洗礼堂内にあった彫像のオリジナルを移し展示している。1階部分には11世紀から16世紀の彫刻を中心とした作品が、2階には15世紀から18世紀の絵画や木製の像などが展示されている。また1階にある中庭を巡る回廊から斜塔の美しい写真を撮ることができる。
主な展示作品
ドゥオーモファサードの彫像
ブロンズ製グリフォン(ライオンの体に鷲の頭) 11世紀イスラム美術、ピサ艦隊の戦利品
木製「キリスト降架」<12世紀ブルゴーニュ派の作品>
洗礼堂に置かれていたピサーノ親子による彫像
ティーノ・ディ・カマイーノの代表作「ハインリッヒ7世の群像」「聖ラニエリの墓碑祭壇」
ジョヴァンニ・ピサーノ「象牙の聖母子」
リモージュの聖遺物箱や金細工
ニーノ・ピサーノ工房「大司教の墓」
アンドレア・グアルディ「リッチの墓」
■シノピエ美術館 Museo
delle Sinopie
シノピエとは壁画に施された下絵のことである。黒海沿岸のシノペという町でとれた茶色の土が壁画を描く際の下絵の輪郭として使われたところからこう呼ばれる。1944年アルノ川の対岸から連合軍の砲撃を受けてカンポサントが消失し、フレスコ画の下からシノピエが現れた。この美術館にはこれら13世紀から15世紀の画家達のデッサンが集められて展示されている。カンポサントの壁面は9つのテーマが58の場面に分割され描かれていた。中でも有名なのは1360年代に制作されたとされる「死の勝利」と「最後の審判」である。
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