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ニコラ・ピサーノ Nicola Pisano(1220頃-78頃)
南イタリアで生まれ、息子ジョヴァンニが生まれる1250年頃より少し前にピサに移り住んだと思われるが、正確なことは分かっていない。カンポサントに置かれていた、ピサの艦隊が運んできた多数の戦利品の一部である古代の石棺に強い関心を持ち、そこに彫られた彫刻を模倣しようと非常な研究と努力を重ねた。最初の作品として知られる、洗礼堂の六角形の説教壇(1260頃)には古代石棺の構成にならい、キリストの生涯を浮き彫りにしている。その他有名な作品としては、息子ジョヴァンニや弟子達とともに制作した、シエナ大聖堂の説教壇(1265-68)、息子ジョヴァンニとともに制作したペルージアの11月4日広場にある、大噴水(1275)などがあげられる。ニコラの弟子にはジョヴァンニの他にフラ・グリエルモ・ダ・ピサ<ピストイア=サン・ジョヴァンニ・フォルチヴィタス聖堂内の説教壇、ボローニャ=聖ドミニクスの石棺などを制作>や、アルノルフォ・ディ・カンビオ<フィレンツェやローマで活躍>がいる。
ジョヴァンニ・ピサーノ Giovanni Pisano(1250頃-1314頃)
ニコラ・ピサーノの息子としてピサに生まれる。父について修行を重ね、最初の記録は父ニコラの助手としてシエナ大聖堂の説教壇の制作に加わった1265年の事である。その作品は父ニコラの古典的な形態美から離れ、劇的な感情表現などフランスのゴシック彫刻の影響を受けている。絵画におけるジョットに匹敵する地位を占め、古典とゴシックを融合させた人物といえる。主な作品は下記の通り。
・シエナ大聖堂説教壇(ニコラや他の弟子との共同製作)1265-68
・ペルージア11月4日広場の噴水( 〃 )1275頃
・ピサ洗礼堂外部の装飾 1284頃
・シエナ大聖堂ファサード下部の装飾 1284頃
・マッサ・マリッティマ大聖堂 1287
・ピストイアのサンタンドレア聖堂説教壇 1301
・ピサ大聖堂説教壇の彫刻 1302-10
・ピサ大聖堂聖具室に置かれた聖母子の彫刻 1305頃
・ペトヴァレーナ礼拝堂の聖母子の立像
・プラート大聖堂「腰帯の聖母」 1312
・ジェノヴァ、パラッツォ・ビアンコ美術館「ハインリッヒ7世の妃マルガレーテの墓碑」
1313年最後の作品
13世紀の優れた造形力が欠けていた時代にあって、ピサーノ親子の作品は傑出しており、のちに続く14世紀美術に多大な影響を与えている。ジョヴァンニはカンポサントの父ニコラが葬られたのと同じ墓に栄誉を持って埋葬された。
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